- Start Date
- 2026/02/10
- End Date
- 2026/02/10
- Event Details
-
日程:
2025年12月23日(火)
2026年2月10日(火)
開催場所:関東トレーニングセンタ
参加費:無料(事前登録制)
主催:株式会社トプコンソキアポジショニングジャパン、福井コンピュータ株式会社
- URL
- /content/topcon-pa/jp/ja/events/2025/3d-data-trial-kanto-fukui-computer-2h.html
- Target
- _self
働き方
建設会社の社名にはなぜ「組」が付く?由来や歴史について解説
建設会社には「〇〇組」という社名が多いと感じたことはありませんか?
実際に日本の建設業界には、「淺沼組」のように社名に「組」を冠する企業が数多く存在します。その一方で「鹿島建設」や「清水建設」など、かつては「鹿島組」「清水組」と名乗りながらも、現在は社名を変更している企業も少なくありません。
なぜ建設会社の社名には「組」が使われ、そして、どのような意味が込められているのでしょうか。本記事では、建設会社の社名に見られる「組」の由来と歴史的背景、そして各社が名称を変更してきた経緯について解説します。
「組」の起源は江戸時代の職人集団
建設会社の社名に「組」が使われる背景には、日本の職人文化や建設業(土木・建築業)の歴史的な成り立ちが深く関わっているとされています。この「組」という言葉は単に職人集団を指すだけでなく、棟梁と職人たちが技術と信頼で結ばれる、一種の「信頼共同体」の象徴でもあったのです。
棟梁が率いるチームの証
江戸から明治にかけて、大工は「棟梁(とうりょう)」と呼ばれる親方を中心としたチームで仕事をするのが一般的でした。
家屋の建築や橋を架けるといった大規模な工事は、当然一人では成し遂げられません。そこで、棟梁が職人たちを束ねて集団、すなわち「組」を結成しました。例えば、田中という棟梁が率いるチームであれば「田中組」といった具合です。
この職人集団が事業を拡大し、近代的な企業組織へと発展したのが、今日の「〇〇組」という建設会社のルーツのひとつです。例えば、現スーパーゼネコンである清水建設も、創業時は大工の棟梁が率いるチームであり、やがて多くの職人を抱える組織へと成長していきました。
【参考】京都大学「古阪秀三|建設業の歴史と巣 traverse 新建築学研究, 21, 2020」
大工以外の職人集団も「組」
「組」という呼称は、大工に限りません。左官や鳶(とび)といった専門職の集団も「左官組」「とび組」と呼ばれていました。このように、創業者が大工の棟梁ではない場合でも、大規模な工事を請け負うプロフェッショナル集団として「組」を名乗る例は多く見られます。
建設業以外に目を向けても、江戸時代の町火消しである「いろは組」や、幕末に活躍した「新選組」などが示すように、「組」は共通の目的を持つ人々の集団を指す言葉だったと言えるでしょう。
「組」を冠する建設会社の例
※画像はイメージです
創業以来の「組」という名称を、現在も大切に掲げている企業が数多く存在します。日本の建設業界を支えてきた代表的な企業の例として、「淺沼組」の歴史を紹介します。
株式会社 淺沼組
株式会社 淺沼組は、1892年(明治25年)、奈良県大和郡山市で創業されました。そのルーツは江戸時代まで遡り、創業者の淺沼幸吉は、柳澤藩の普請方(大工)を務めていた家系の8代目にあたります。
まさに藩に仕えた職人の技術と系譜を受け継ぐ形で創業した歴史を持ち、創業初期の吉野師範学校建築などを経て、1926年(大正15年)に大阪へ進出。1937年(昭和12年)に「株式会社 淺沼組」を設立しました。
戦後は山陽新幹線や本州四国連絡橋といったインフラ整備、万国博報道センター、筑波大学、関西国際空港関連工事など、官公庁の施設や大規模プロジェクトを数多く手がけ、現在に至っています。
【参考】株式会社 淺沼組「沿革|会社情報」
なぜ「組」から「建設」へ?社名変更の背景
一方で、「組」の付かない建設会社も多数あります。しかし、実はかつては「組」を名乗っていた会社も少なくありません。社名変更の理由としては、「建設」という言葉の普及が第一に挙げられます。
もともと日本では、土木工事を「普請(ふしん)」、建築工事を「作事(さくじ)」と呼ぶのが一般的で、「建設」という言葉はさほど使われていませんでした。
この「建設」という言葉が広く浸透したのは、第二次世界大戦後の復興期です。特に「建設」という語が制度上で定義されたのはこの時期で、1948年(昭和23年)の建設省(現・国土交通省)設置や、翌年の建設業法公布が大きなきっかけとなりました。
戦後復興の国家的な推進と、それを支える法制度の整備。これらが、旧来の「組」という名称から、より近代的で事業内容を包括的に示す「建設」への社名変更を促したという歴史的背景があるのです。
【参考】国立公文書館「建設省設置法」
【参考】日本法令索引「建設業法」
発祥地による社名の傾向
かつては西日本に「組」が多く、東日本に「建設」が多いという説もありました。しかし、これは地理的要因というより、創業時期と企業化の段階の違いによるものと解釈するのが妥当です。
一般的に、西日本では棟梁文化が比較的長く残ったのに対し、東日本では都市化や株式会社への法人化が早く進んだため、「建設」への名称転換が先行したという、時代差・制度差の傾向が強いと言えるでしょう。
「組」から社名を変更した建設会社の例
※画像はイメージです
戦後の復興や企業イメージの近代化といった時代の流れの中で、各社は新たな名前を掲げることになります。かつては「組」を名乗っていた代表的な企業と、その沿革を紹介します。
株式会社 安藤・間(安藤ハザマ)
株式会社 安藤・間は、2013年(平成25年)に安藤建設株式会社と株式会社間組が合併して発足した企業です。両社ともに「組」をルーツに持つ歴史があります。
(旧)安藤建設は、1873年(明治6年)に安藤庄太郎が「安藤方」として創業しました。当時は先進的工法であったレンガ建築(銀座通り煉瓦街工事など)を手がけ、陸軍の工事などを経て建設業者としての基礎を築きます。
その後、1911年(明治44年)に「合名会社安藤組」、1918年(大正7年)に「株式会社安藤組」となりました。さらに戦後復興を経て、1962年(昭和37年)に「安藤建設株式会社」へ社名を変更しています。
(旧)間組は、1889年(明治22年)に間猛馬が九州鉄道の工事を請け負う形で「間組」を創業しました。佐久間ダム、御母衣ダム、黒部ダムといった大規模ダムや、関門トンネル、青函トンネルなど、日本のインフラ史に残る数々の難工事を手がけ、「ダムのハザマ」「トンネルのハザマ」として知られました。
【参考】株式会社 安藤・間「沿革|会社情報 - 安藤ハザマ」
鹿島建設株式会社
1840年(天保11年)、鹿島岩吉が大工の棟梁となり「大岩」の屋号で江戸で創業。
明治初期には「鹿島方」と改め、横浜の洋館建築を手がけました。二代目 鹿島岩蔵は1880年(明治13年)に鹿島方を解散、「鹿島組」を創立し、敦賀線の工事を皮切りに鉄道請負業に進出しました。
1930年(昭和5年)、「株式会社鹿島組」に組織変更し、戦後の1947年(昭和22年)には現在の「鹿島建設株式会社」へと社名を改めました。
1949年(昭和24年)には建設業界で初となる研究所「鹿島技術研究所」を設立。また、1968年(昭和43年)に完成した日本初の超高層ビルである霞が関ビルディングの建設を手がけるなど、常に技術革新をリードしてきた歴史を持つ企業です。
【参考】鹿島建設株式会社「沿革 | 企業情報」
清水建設株式会社
1804年(文化元年)、創業者である清水喜助が江戸・神田鍛冶町で「大工」として歩み始めます。昼は町家などの仕事、夜は家具を作って売るなど刻苦勉励し、やがて神田新石町に「清水屋」の屋号で店(住居兼店舗)を構え、弟子を抱える身分、すなわち「棟梁」となりました。
幕末から明治にかけては、日本初の本格的洋風ホテルである築地ホテル館や第一国立銀行といった、日本の近代化を象徴する建築をいち早く手がけて事業を拡大。その後、1915年(大正4年)に「合資会社清水組」となり、建設という言葉が普及した戦後の1948年(昭和23年)、現在の「清水建設株式会社」へ社名を変更しました。
まさに一介の職人からチームを率いる棟梁へ、そして日本の近代化や戦後復興を象徴する建築物を手がけながら、時代の流れと共に「建設」の名を掲げる企業へと発展したと言えるでしょう。
【参考】清水建設株式会社「沿革 | 企業情報」
「組」の精神は、時代を超えて建設現場に生き続ける
建設会社の社名に見られる「組」という言葉は、単なる職人集団の呼称ではありません。それは、棟梁を中心とした徒弟制度、技術の継承を重んじる棟梁文化、そして職人たちが技術と倫理観、そして信頼で強く結ばれる「信頼共同体」の象徴として、日本の建設業の歴史そのものを物語っています。
組は人と人の信頼で成り立つ建設文化の象徴であり、時代が移り、社名が変わっても、その精神は現場の中に生き続けています。
社名が「組」から「建設」へと変わった背景には、戦後の法制度の整備と企業の近代化という歴史的な流れがありましたが、職人や専門家が協力してプロジェクトを完遂させるという「組」の精神は、現代の建設現場にも脈々と受け継がれています。社名の由来を知ることで、日本のインフラを支えてきた人々の情熱と、建設業界の奥深さを感じ取ることができるでしょう。
監修者 大久保弘芳(おおくぼひろよし)
元建設会社役員
公共工事や現場管理に長年従事し、退職後は建設業界の変遷、制度・事故の考察を執筆。近年はAI技術の発展にも関心を寄せ、土木との接点を探る活動を続けている。技術士補・一級土木施工管理技士ほか国家資格多数保有。
働き方のコラム
SNSシェア
ニュース
新着情報
- 2026/01/15 『建設会社の社名にはなぜ「組」が付く?由来や歴史について解説』を公開しました
- 2026/01/14 中小企業省力化投資補助金(カタログ注文型)対象製品が更新されました
- 2026/01/06 『第10回 JAPAN BUILD TOKYO -建築・土木・不動産の先端技術展- トプコン出展ソリューション』を公開しました
イベント
- Start Date
- 2026/01/21
- End Date
- 2026/01/21
- Event Name
-
『KANAI SELECTION 2026』
- Event Details
-
日程:2026年1月21日(水)9:00~16:30
会場:新潟市産業振興センター(新潟県新潟市)
主催:金井度量衡株式会社
- URL
- https://www.kanai.co.jp/news/1933/
- Target
- _blank
- Start Date
- 2026/01/20
- End Date
- 2026/02/25
- Event Name
-
TOPCON × KENTEM 共催『面トル体験セミナー』関東トレーニングセンタで開催
- Event Details
-
日程:
2025年11月26日(水)
2025年12月17日(水)
2026年1月20日(火)
2026年2月25日(水)
開催場所:関東トレーニングセンタ
参加費:無料(事前登録制)
主催:株式会社トプコンソキアポジショニングジャパン、KENTEM(株式会社建設システム)
- URL
- /content/topcon-pa/jp/ja/events/2025/3d-data-trial-kanto-kentem-2h.html
- Target
- _self


